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大阪高等裁判所 昭和60年(ネ)1841号 判決

控訴人 出崎司

右訴訟代理人弁護士 内山正元

高橋典明

被控訴人 森永勲

被控訴人訴訟引受参加人 久保田貴雄

右両名訴訟代理人弁護士 廣田稔

主文

1  控訴人の被控訴人に対する本件控訴及び当審での予備的請求を棄却する。

2  控訴人の訴訟引受参加人に対する当審における請求を棄却する。

3  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人及び訴訟引受参加人は控訴人に対し別紙物件目録(二)記載の木造トタン葺平家建店舗(工作物)を収去して同目録(一)記載の土地を明け渡せ。訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人及び参加人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。控訴人の訴訟引受参加人に対する請求を棄却する。」との判決を求めた。

第一控訴人の主張

1  控訴人は昭和五六年五月二一日大協和建設株式会社及び田上広美知の代理人株式会社ユニホーから大阪府豊中市岡町二二番一、宅地二〇〇・三二平方メートル、同所二三番二宅地一五三・九八平方メートル(本件土地)上に所在する鉄筋コンクリート造陸屋根五階建共同住宅(本件共同住宅)のうち二階二〇四号の居宅(本件居宅)及びその敷地である本件土地の一万分の四八九の持分を買い受け、右居宅の区分所有権及び右本件土地持分権を取得し、その頃右建物区分所有権保存登記及び土地持分権移転登記を経由した。

2  被控訴人は同年四月二五日前記同じ売主から本件共同住宅のうち一階一〇四号の店舗(本件店舗)及びその敷地である本件土地の一万分の四三八の持分を買い受け、右店舗の区分所有権及び右本件土地持分権を取得し、その頃右建物区分所有権保存登記及び土地持分権移転登記を経由したものであるが、右買受け直後のころ本件土地の一部である右店舗の南側に面する別紙物件目録(一)記載の土地部分(本件土地部分)上に同物件目録(二)記載の店舗(本件工作物)を設置して所有し本件土地部分を独占的に占有していた。

3  しかるところ、被控訴人は本訴提起後である昭和六〇年一月二六日自己の買い受けた本件店舗の区分所有権及び本件土地持分権を参加人に売却譲渡し、その頃その趣旨の各移転登記手続を経由するとともに、そのさい本件工作物の所有権も譲渡して引き渡し、よって、参加人は被控訴人から本件工作物に関する権利義務一切を承継した。

4  ところで、本件共同住宅は区分所有の目的とされているため、右建物及びその敷地たる本件土地については建物の区分所有等に関する法律(以下、区分所有法という)が適用され、かつ同法所定の規約と協定(ユニープル岡町管理組合規約と同協定)が存し、その利用等についてはこれに拘束されるところ、これによれば本件土地部分は建物の共用部分とともに「共有物」と定義され、組合員が用法に従って使用できることになっており(規約六条イ、一一条三項)、控訴人も組合員の一人として本件土地部分を用法に従い、緊急避難用あるいは裏通路として使用しうる権限を有するところ、被控訴人ひいては参加人(以下、両名を被控訴人らともいう。)はこれを妨げているから被控訴人は妨害物件(本件工作物)を撤去すべきである。もともと、被控訴人らは、後記6で述べるとおり、規約、協定上建物の外観を害う本件工作物を無断で設置できないものである。

右の点について、被控訴人らは、本件土地部分は現況に照らし控訴人主張のような通路等として使用不可能であると主張するが、仮にそうだとしても、それは被控訴人らその他の一階店舗の区分所有者又は占有者が次々と本件工作物のような違法工作物を作り、あるいはブロック積みをしたためである。

5  よって、控訴人は、被控訴人らに対し、(1) 本件土地部分にかかる民法上の共有持分権に基づく保存行為として、(2) また予備的に前記規約及び協定上の使用権に基づいて、同規約及び協定違反の本件工作物収去本件土地部分明渡しを求める。

6  なお、被控訴人らの本件土地部分専用使用権に基づく抗弁は否認する。

本件協定一三条一項によれば、被控訴人らは、明文上、本件土地のうち本件店舗前面北側空地部分の専用使用権はこれを有しているといえるのであるが、南側の本件土地部分については同旨の協定条項が見当らない。仮に何らかの意味で被控訴人らに本件土地部分専用使用権があるとしても、右協定一三条四項によれば、店舗専用者は看板、照明等建物の外観を害うものは設置できないことになっており、本件工作物のようなものの設置はとうてい許されないからこれを除去すべきである。

被控訴人らは、右専用使用権存在の根拠として、被控訴人が本件店舗等を買い受けたさいの売買契約書(乙第一号証)一条記載の目的物件の中に「専用バルコニー(登記対象外)七・二六平方メートル」とある点及びその記載経過をるる主張するが、バルコニーとはもともと建物の一部をいうのであり、しかもその構造が隣戸と連続し非常時の避難通路の役割を有するようなバルコニーは建物の共用部分であって、専有部分ではないと解されている。しかるに、本件係争部分は共有土地の一部であって建物の一部でなく、かつ別紙図面で明らかなとおり地形上他と区別のしようのない一連の土地の一部分である。したがって、本件店舗には前記売買契約書記載の「バルコニー」に該当するものはなく、右は契約上効力のない無意味な記載というほかない。

第二被控訴人及び参加人の主張

1  控訴人の主張1ないし3は認めるが、4は争う。

控訴人は、本件土地部分が避難用通路として使用可能であるかのように言うが、本件土地部分は本件共同住宅の裏側に当り、これが隣接地とぎりぎりに建てられている関係上人が通行できるほどの幅もなく、ことに本件土地部分に連らなる東側部分は隣地との境界にあるブロック塀と背中あわせの情況である。また、被控訴人が本件店舗等を購入した当時すでに本件土地部分両側にはブロックの間仕切りも存した。

2  のみならず、被控訴人ひいては参加人は本件土地部分につきいわゆる専用使用権を有している。

(イ)  すなわち、被控訴人が本件店舗等を買い受けたさいの売買契約書の一条によれば、売買対象物件の表示として、その建物の「専用部分の所有権」欄に「一階一〇四号室、店舗専用部分四七・〇八平方メートル、専用バルコニー(登記対象外)七・二六平方メートル」と記載されており、本件土地部分は右「専用バルコニー」に該当するのである。もともと、被控訴人は本件店舗等を炉端焼屋営業の目的で買い受けたものであるが、その売買交渉は売主から分譲販売の委託を受けていた株式会社ユニホーのセールスマン竹浪勝一としたのであり、そのさい、被控訴人は店内の面積が狭いと述べたところ、同人は「奥(本件土地部分)が使える。」と言ったので納得し本件店舗を買うことにしたのである。そして、前記の記載はこれを受けて売主側で右専用使用権を明示する趣旨で記載し、被控訴人もこれを了承したものにほかならない。

(ロ)  なお、被控訴人は右売買交渉のさい右のほか営業上特別に排気口を必要とするので、予じめその設計図面を竹浪に交付して関係居住者に同意をとってもらいたい旨も申し入れていたところ、間もなく同人は、「同意をとった。」と言ったのであり、このことも購入を決意した動機の一つであった。そこで、被控訴人は営業用の内装工事をするのと同時に調理場の一部として本件工作物を設置し、さらに排気口も取り付けた。ところが、営業開始約二週間後に意外にも階上の居住者らから「臭いが上ってくる。」と苦情があったため、被控訴人はさらに約一五〇万円を投じて屋上まで達するダクトを取り付け、右苦情はおさまった。しかるに、独り控訴人のみその後も「深夜まで皿洗いの音等がしてやかましい。」と強硬に苦情を述べ、その結果、昭和五八年に集会が行われ、結論として、前記ユニホーが防音装置を設置してくれることになった。ところが、ユニホーが右約束を履行しないため、控訴人は本訴を提起したのであり、その動機発端はユニホーの防音工事不履行にあるのであって、本訴は筋違いの不当なものというべきである。

第三証拠関係《省略》

理由

第一被控訴人に対する請求について

1  当事者間に争いない控訴人の主張1ないし3の事実及び控訴人の弁論の全趣旨によれば、被控訴人は本訴が提起された後である昭和六〇年一月二六日参加人に対し本件店舗の区分所有権とこれに随伴する本件土地持分権を売却譲渡するとともに本件工作物もあわせて譲渡し、これに関連する権利義務一切を交替的に譲渡したことが明らかであるから、被控訴人は爾後本件工作物及び本件土地部分に関する権利養務を失なったものである。したがって、控訴人の被控訴人に対する本件工作物収去本件土地部分明渡請求は爾余の点について判断するまでもなくすべて失当である。

2  そうすると、結論においてこれと同旨の原判決は相当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきであり、また、控訴人の当審における規約(の違反)に基づく請求もこれを棄却すべきである。

第二参加人に対する請求について

1  当事者間に争いのない控訴人の主張1ないし3の事実に《証拠省略》を総合すると、(イ)本件土地部分は区分所有を目的とする本件共同建物(マンション「ユニーブル岡町。」鉄筋コンクリート造陸屋根五階建一階二五八・九五平方メートル、二ないし五階各二一八・八三平方メートルで、一階は店舗六戸、二ないし五階は居宅各四戸、以上合計二二戸からなる一棟の建物)の法定敷地(区分所有法二条五項前段所定の敷地)の一部であり、その一階部分と敷地等の位置関係は別紙図面記載のとおりであるところ、参加人は右土地部分上に本件工作物を設置所有して本件土地部分を独占使用していること、(ロ)控訴人と参加人は現在他の建物区分所有者とともに本件土地部分の持分権(控訴人の持分一万分の四八九、参加人の持分一万分の四三八)を有するものであること、(ハ)本件共同建物については後記のとおり整備された管理組合規約及びこれを受けた協定が存することが認められる。

控訴人は、まず一次的に、自己の本件土地部分にかかる民法上の持分権に基いて参加人に対して本件工作物収去本件土地部分の明渡しを求めるのであるが、右土地部分については参加人もまた持分権を有すること前記のとおりであって、このような場合他の持分権者(控訴人)は当該共有物を単独で占有する他の共有持分権者(参加人)に対して、当然には、その占有する共有物の明渡しを請求することはできないところである(最高裁昭和四一年五月一九日一小判決民集二〇巻五号九四七頁参照)。しかし、共有者が協議によって共有物の使用方法等を定めているような場合に当該決定に違反して共有物を独占排他的に占有する持分権者が存するときには、他の共有持分権者は、その持分割合如何にかかわらず、保存行為として右持分権者に対しその妨害を排除請求しうると解すべき余地がないではなく、控訴人の参加人に対する本訴持分権に基づく請求は右の趣旨をいうものにほかならないと考えられる。

2  そして、一般に、区分所有を目的とする建物の敷地に該当する共有土地については、本件のように、区分所有法に基づく管理組合規約、協定等が存し、これは本来管理組合団体内部を規律するいわば団体規範であることはいうまでもないところであるが、他方では、前示の趣旨における共有者間の協定ないし合意の性質を有すると解しうることもいちがいにこれを否定することができない。

(一)  そこで、これを本件についてみるに、《証拠省略》を総合すると、本件共同建物とその敷地の売主(原始分譲者)大協和建設及び田上広美知は予じめ本件共同建物と敷地等にかかる管理組合規約及び管理協定を作成し、各居宅、店舗購入者(区分所有者)にこれを交付するとともに、各売買契約においては、これら購入者は区分所有法に従うものとされているほか(売買契約書二三条)、建物の共用部分、共有敷地等の管理又は使用並びに環境の維持については右規約及び協定の定めるところによる旨約されており(乙第一号証の売買契約書一五条)、控訴人及び参加人の前主被控訴人の前記売買にさいしてもこれに従ったことが認められる。そして、右規約、協定によると、共有敷地については建物共用部分とともにその「用法に従って使用できる」こととされているほか(規約六条、一一条三項)、さらに具体的に、ベランダ等物置構築物、花壇等工作物の設置等については所定の書面による手続に則り理事会の承認を得ることとし(協定四、五条)、また一階店舗区分所有者については特に「看板照明等建物の外観をそこなうようなものの」設置も禁止していること(協定一三条四項)も認められるから、参加人の本件工作物設置所有による本件土地部分の独占排他的使用は前記規約ひいては本件敷地の全共有者間の合意による「用法に従った使用」の域を越えるものと一応いうことができる。

(二)  しかるところ、参加人は、右本件土地部分については参加人にいわゆる専用使用権が認められている旨主張し、右の主張は、共有物の一部分に関し特定の持分権者(被控訴人ひいては参加人)の独占使用を容認することを内容とする特段の協議ないし合意が存する旨の主張であると解しうるから、次に右主張の当否について検討する。

《証拠省略》を総合すると、被控訴人が本件店舗等を購入したさいの経緯、なかんずく売買契約書の記載はおおむね参加人主張のとおりであって、被控訴人が本件店舗等を購入したさい、売買当事者間では、本件土地部分は被控訴人がこれを独占的に使用できるとの諒解があったこと、すなわち、売買契約書一条には売買目的物件の一つとして建物の「専用部分の所有権」欄に本件店舗すなわち専有部分の記載のほかに「専用バルコニー(登記対象外)七・二六平方メートル」との記載が存し、買主被控訴人と売主原始分譲業者との間ではこれを本件土地部分を表示するものと理解し、被控訴人もこれを納得して本件店舗等を購入し、早速本件工作物を設置したものであることが認められるから、いま、右契約書上専用バルコニーの記載面積が本件土地部分の面積の若干喰い違う点、右契約書では区分所有法所定の「専有部分」の概念と「専用」なる用語及び建物とその敷地の表示個所等について混同が存する点等を暫らくおけば、被控訴人は、要するに、本件店舗等を購入するさい、原始分譲業者との間では本件土地部分の独占使用ができる旨の約定をとりつけたものと解することが可能である。

またさらに前記規約、協定によれば、本件管理組合は特に参加人ら一階店舗部分区分所有者に対する専用使用権設定条項(協定一三条)を設け、具体的に、1項には「店舗の前面北側空地」(本来、共有敷地部分)「店舗北側庇部分」(本来、共用建物部分)をそれぞれ定めているほか、3項にはさらに「店舗専用設備」をも挙げ、その設置場所の専用使用を認める趣旨を定めていることが認められる。

これらの事実のほか、一般に、区分所有建物の各購入者は、特段明示の協定等がなくても、例えば、建物の共用部分でもその構造上特定の区分所有者のみによって利用されることが看取され、かつ特段他の区分所有者の利用が予定されていないと認められるような個々の建物専有部分に付随した閉鎖的バルコニー等については共有者全員が当該持分権者の専用的使用を黙示的に合意したものと解すべきであること等を彼此総合すると、参加人の本件土地部分の独占使用は前記売買契約時の特約及び前記協定一三条3項によって全共有者間の合意で許容されたものと解すべきである(なお、本件においても、前掲各証拠によれば、本件工作物の存する本件土地部分は全区分所有者の共有敷地とはいえ、本件共同住宅のいわば裏側(南側)にあってその南側にある他の建物とコンクリート塀を隔てて至近の距離にあるため、表側(北側)ほど人目に立たず、またその面積も奥行約一・八メートル前後、幅約三・七五メートルの狭少かつおおむね閉鎖的な部分であって(別紙建物配置図参照)、通常の場合、区分所右者が明確な目的に基づいて使用しているとは認められず、全体としては、前示のバルコニーに準ずるものと認められなくはないと解されるところである)。。

(三)  そうすると、控訴人の参加人に対する共有持分権に基づく保存行為としての本件工作物収去本件土地部分明渡請求は失当であるからこれを棄却すべきである。

3  次に、控訴人は、予備的に、規約上の使用権に基づく請求をし、その訴旨は必らずしも明らかでないのであるが、所論の規約上の義務違反行為自体は区分所有者の組織する管理組合団体の内部規範に対する違反にほかならないから、これに対応する権利も該組合自体に帰属すると解されるところであり、それゆえ、これをただすための差止請求は規約所定の方法により組合の名においてその代表者が訴求すべきであり(民訴法四六条参照。なお、本件管理組合が法人格を有することを裏付ける立証はない。)、組合員個人がこれを訴求することはできないと解すべきであるから、控訴人の予備的請求も失当として棄却すべきである(なお、いま仮に、控訴人の右予備的請求を区分所有法六条一項―改正前の五条一項―違反に基づく差止請求であると解しても、それは同法五七条所定の方法により管理組合がこれを訴求することができるに留り、組合員個人がこれを訴求することはできないと解すべきである。)。

第三結論

よって、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、九四条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 今富滋 裁判官 畑郁夫 遠藤賢治)

〈以下省略〉

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